恒久的施設の定義等の変更がありました、って。。。?

このところ、みやたべろぐばかりアップしているので、たまには真面目なネタも。。。

国税局というところはご丁寧に色々な刊行物を作成しては登録されているオフィスの所在地に郵送してくれるのですが、そのお仕事の性質上専ら「税金」の話なので微妙に複雑、というかあまり読みたくないような話ばかりなので、どうしても封すら切るのをついぞ躊躇ってしまいます。

実はちゃんと読んでおかないと行けなかった税務署からのお知らせ

とはいうものの、この週末に他にも溜まったクレジットカード会社の月刊誌などを読んで廃品回収に回さねば、とざっと目を通したのが「源泉所得税の改正のあらまし」。ざっとのつもりが案外引っかかるものがあれこれありました。

例えば、4ページ目にある、2020年以降の適用ですが、給与所得控除の10万円の減額、ということはその分の課税所得が増えることで増税効果が発生する一方で、基礎控除の増額が合計所得が年間2400万円以下にだけ適用されて、前述の給与控除の減額と合わせて事実上何も変化がないものの、合計所得が年間2400万円を超えると基礎控除すら減額される、なんて知ってました?これって、給与所得だけの人たちにはほぼ関係ないけど、たとえば不動産所得だけの人とかにはちょっとしたメリット、ですよね。しかも給与所得で年収2400万を超える人って2016年の統計になるものの、この頃で。。。。2400万円という区切りがないのでざっくりした計算をするならば3000万円以上の人で247,970人いて、2000万から3000万の人で195,800人だから半分としても345,870人もいることになります。といっても、給与所得のある人が9,789,362人ですから全体の3.5%程度の人が対象になってくる、のです。それって。。。マイノリティへのペナルティにしか見えないですが。。。

実はかなりやばいルール変更も書いてあった

さて本題。この3ページ目にこっそり入っていたのが表題にもある「恒久的施設(PE)」の定義等の見直し。実はかなり海外から国内への投資を呼び込みたいプライベート投資にとってまずい変更になり得る変更なのです。

恒久的施設って?

まず恒久的施設ですが、ご存知ない方にざっくりとした説明をするならば。。。日本に住んで生活し、活動する私たちにとって、前述の給与所得も不動産を買って売却した時の差額の利益も、株や債券から発生する分配金や利息、これらの取得と売却の差額益、果てはせどりのごとく安く仕入れて売却したものならその差額の利益まで、国税局にその一部を税金として納めなければいけません。ですが、これが海外に住んで生活する人が同じことをやることは、手間はかかるものの出来ますが、その場合には国内に納税する際の住所がないことから日本の国税局からは課税されないのです。

当然ですが、その場合、その住んでいる国で課税されることになるので、ファンドならば有価証券の売却益に対して課税しないケイマン諸島のような所から証券取引を行って利益をできるだけ投資家に還元したい、と考えますし、物販を考えるならば、オンラインで受注を受けて、法人税の安い国に拠点を置いて発送をそこから行う、と考え始めるのです。これが恒久的施設と呼ばれる事業の本拠地、という考え方です。

で、この考え方ってこれだけ簡単な話じゃないの?

本来ならばこれくらいシンプルなはず、だったのですが、色々と考える人がいたり、会社などの都合で色々なケースというのが発生し始めます。例えば、先ほどのオンラインで複数の国の受注を受けよう、と考えた時に、オンラインで受け身に受注するのではなかなか売り上げが上がらないとなれば、海外から営業をかけることは難しいので現地に営業する誰かが欲しくなります。そうなると、国内に営業拠点を置くか、国内に営業の強いビジネスパートナーを置いて営業を任せるか、のどちらかを考えることになります。

後者のビジネスパートナーならば、他のビジネスをやりながら自分たちの商品の売り込みをする、というところで事業展開についてコントロールがある意味自分たちの思うように行かないものの、他方で契約書一枚の関係に過ぎないので国内に拠点があると言われる筋合いもなく今まで通り国内から上がった売り上げに対して課税はされないという税務的なメリットは残ります。

でも、やっぱり本腰で売りたい、ということで国内に資本を入れた子会社を作って営業をさせると先ほどのようなビジネスパートナーとの関係、のような話にはなりません。自分の所の物だけを売るためだけの会社なのですから、国内で在庫を抱えて売っている人と表向きは変わりはなく、仕入れと在庫管理と発送を国外に置いているからある意味国内から利益を隠しているようにも見えるのです。となると、これは実質には国内で活動しているのと同じなのだから国内の売り上げについては課税すべきでは、ということになり、その際に、この国内子会社はこの売り上げのスキームにおいて恒久的施設を国内に有している、なんていう話になるのです。子会社であっても事業の実質的な本拠がどこなのか、というのがポイントになるのです。

で、これを書きながら、私ごとながら、以前やっていたジャージー島の金融サービス業の会社の日本でのビジネスのことがちょうどわかりやすい話かな、とも思ったので少し触れるならば、この場合は海外(ジャージー島やバーミューダ)で行われる金融サービス業、ファンド・アドミ業務やファンドの管理会社業務についてはその事業の性質上などから日本国内に在庫、というかこの場合はサービス提供拠点を置くことは出来ませんが、利用者は国内にいますのでそのサービスの認知から利用のためのアイデア提供などを国内子会社を通じて行いました。しかも、イヤラシイことに(笑)その説明する相手というのが投資銀行や証券会社、投信委託会社、といったところであ流にも関わらず、でもそのサービスの対価を払うのは最終的にファンドに投資した投資家のみなさんが、しかもファンドの費用という形で間接的に、ということで、この国内子会社(というか、以前なら私)は前述のような「ものを売っている」のか、と言われると売っているのかもしれないが、性質上国内に機能を持って同等のことを行うかのごとく課税する、ということはなかなかしづらいものなのである一定のルールを入れることで恒久的施設を有しないと認知される代わりに代替的な形を通じて納税を行うことによって、税務当局とはうまくやっていたのです(私がやっていた頃はね。)。

で、その当時よく言われたことで、「このファンドの投資判断を東京でやってよ」と言われたのですが全部お断りしていました。サービスクオリティ悪くね?とか言われていたようですが、これを東京で(当時なら私が)やってしまうと、ファンドの判断が東京で行われている、ということで外国籍投資信託の管理会社については投信委託会社を脱法で行うことになると認知されるリスクが出るのが理由です。税務とはちょっと異なる話ではありますが、ここも投資家のみなさんにご迷惑をかけないという意味では大事な話でしたので頑固に譲らずにおりました。

この辺を一通りわかっている人、最近を見ていると少なくなったようなんでちょっと書いてみました。

で、ここで出てくる主体的な行動と課税の関係について話が及ぶのですが。。。

さて、今回の話の核心にだんだん入ってくるのですが、前述のケースからわかるように、海外から国内に営利行為を行って収益を上げる、というところで国内の拠点なりビジネスパートナーがどれだけその事業に関与しているかで国内に恒久的施設を有するという議論になる、というのが見えてきた(?)ところで、今回やばいなぁ、と思っているところに入っていこうかと思います。

なお、今回の変更の背景というのが、BEPS (Base Erosion and Profit Shifting – 税源浸食と利益移転)という世界的な国際税務取扱の取り決めに基づく恒久的施設の定義の国際的な統一に動いたことにある、というのをまず話の前提にあること、したがって著者のメインにある金融だけが狙い撃ちで行われている話ではない、のを分かった上であえてあれこれ書いていることをまずご理解いただこうかと思います(笑)

ちょっと歴史のお勉強を

税務の観点で国内への海外からの投資の議論が盛んだったのは2007年から2008年の投資事業有限責任組合法の改正の時でした。当時を思い出すとユニットトラストがメインだったのでLPS法によるこの恒久的施設の議論は影響ないか、と思って眺めていましたが、考えてみればユニットトラストの場合は税務的な整理が確立しているので変更しようがなかったのです。前述のような国内拠点での判断が行われて投資信託の脱法っぽいものが行われたとしてもそれでも投資信託と同等の器での投資である以上税務上の課税ポイントはケイマン諸島では発生することはなく、ユニットトラストの持分の売却時に投資家に対して行う、ことに変わりはなかったのですから。

さて、その当時、LPS法とその周辺、特にこの法律の主だったユーザーであるプライベート・エクイティやベンチャーキャピタルの運用者と投資家たち、そして、それらの人たちによる投資資金を呼び込みたいと考えていた経済産業省、の注目していたことは海外からの投資が税務的な理由で激減していたことにあります。それは何かというと、Shinsei Tax として悪名が知られていた国内企業を海外で保有し、海外で売却したとしてもその譲渡利益にに対して日本として源泉徴収が行える、というものです。なぜ Shinsei Tax と呼ばれるかというと、昔、とある銀行がありまして、諸般の事情で破綻して国有化した際に海外のプライベートエクイティファンドがその株を取得して腕利きな経営陣等を派遣して企業再生を果たす、といった時に、国内の議員さんたちがそんな海外のファンドが血税を使った銀行の株を海外で売却したらその利益は海外に止まってしまって納税者に還元されないではないか、と前述の税法改正をしたのです。その銀行、当時は日本長期信用銀行、今では新生銀行、として知られるところですのでかかる課税のきっかけになったことから、そう呼ばれていたのですが。。。若い人は知らないだろうなぁ(笑)

独立代理人の要件

で、この改正を行って海外からの投資家に対して安心感を与えるように行ったと同時に当時のこの恒久的施設の定義、特に独立代理人の定義を行うことで、海外ファンドが国内への投資を行うにあたっての国内での活動拠点のガイドラインを定めたのです。その際に定めた独立代理人の要件として

  1. 法的独立性: 代理人が代理人として行動する上で十分な裁量が与えられているか?
  2. 経済的独立性: 代理人がその収入を全面的に一人の本人に依存していないか?
  3. 通常業務性: 代理人の行為が慣習的に行われているものであるか?

をあげていました。これは大和総研さんの当時の資料がよくまとまっていますので、深く調べる際いはご参考に。ここで一番のポイントなのが、法的独立性で、実は裁量権が与えられていれば、本人との資本関係が100%であっても、独立性を測るにあたっては無関係であったのです。ということで、2008年以降のプライベートエクイティやベンチャーキャピタル投資、そして不動産投資の一部で海外からの投資資金を受けるファンドのストラクチャーを作る際にはこの独立代理人の要件を満たすように誰もが構築してきたのです。ええ、国内子会社と海外親会社との資本関係が100%であっても大丈夫だ、と信じて。。。

で、ここで独立代理人の定義が変わる、というのです!まさに、資本関係は関係ないよ、といっていたのが、50%を超えると独立代理人として見做されなくなる、というわけです。

やっと、事の問題が説明できました。ま、いつもなら10,000字を超えたところで問題提起しているから、今回はまだ早い方ですね(笑)

で、これってどうなるの?

当局と業界団体との事前の意見交換等も実は昨年末に行われていたのですが、実際のところ当局(といっても、国税庁ではなく金融庁なのですが)サイドとしてはこれの影響ってないんじゃないの、くらいの感覚のようでして、特段金融関係のための手当もされる事なく、年末の税務大綱に上がり、3月末に国会を通過して今日に至っているので、ただただ、この新しいルールに年明けに向けて対応していかねばならない、のです。やらないと、少なくとも海外投資家を抱えるケイマン諸島のファンドを使った投資を通じての投資資産の売却益に対して総合課税がかかってくること予見されます(参照リンクの4-5ページ目)。

とはいえ、先日某国内大手プライベートエクイティ投資会社さんの(比較的事務寄りの)パートナーさんと話をした際にもご存知なかったという反応があったので案外認知されていない事のようにも思えているのです(なので記事にしているのですが。。。)。

で、出来ることって?

スキームの見直し、ではあるのですが、一番影響があるのが独立代理人の定義、ですのでその変更点である資本関係と仕事の割合について見直すべき、という意見が出てくるのが想定されます。となると、国内拠点とファンドとの間の資本関係か、国内拠点の請け負っている仕事のうちファンドなどの資本関係の大きいところからの仕事の割合か、どちらをいじりやすいかと言えば。。。仕事の割合ってそう簡単に外部の仕事がくるはずもないですよね(苦笑)といって、資本関係をいじるべく外部の株主をよびこめるのか、というと。。。どうなのでしょう。

とは言え、規制対応はスポーツ同様事業でも当然に求められることですので、やらねば、なのですよねぇ。。。とりあえず、まずは担当の税理士先生とご相談でしょうね(って、この言葉は誰に向けられているのやら。。。sigh)

なぜ、日本でファンド・アドミニストレーターが流行らず、新しいプレーヤーが出てこないのか?

アドミ仕事、魅力を感じますか? 地味で地道な仕事、って思ってません?

つい先日のこと、以前より大変御世話になっている方に、お昼をご馳走になりつつテニスの試合、今はちょうどウィンブルドンですので私も仕事に手がつかないのは公然の秘密ではあるものの、そんな話をしながらも、「自分の中での整理がついていないのですが」という前置きをしつつも、「どうして日本ではファンド・アドミが流行らないのでしょう」というご質問を頂きました。

その方はプライベート・エクイティの方ですので、当然その立場と、あとは金融業界の主だったプレーヤーを念頭に置かれて幾つかのお考えを伺ったのですが、当然、お忙しい方でもあり、ランチ時間では議論と検討を深めるには短すぎました。

という事で、例によって、ここで私なりの整理をしつつ、あと、出来る事ならば、そういう認識をされてしまっているこの業界をどうしたらさらに活性化できるのか、そんな整理をしてみようかと思います。

ちなみに、書きあがって読み返したら結構長い文章になってしまいました。ですが、多分ファンドアドミについてここまで日本語で語っている文章もそうそうないですので、ぜひ最後の一文までお付き合いください。損はさせません(笑)

そもそも、ファンド・アドミって何をする商売でしょう。

実は前回のファンド・アドミの中立性に関する記事でまとめてしまっていた記憶があるのですが、ちょっとそこから抜き出してみましょうか。

ファンドの運営に関する事務一般を執行すること、というのが基本にある中で、ファンドの評価や資金や証券と言った保有資産の保有・移転に関する指示(保有自身はカストディアンが行います)、投資家の異動(投資持ち分の購入による保有者としての名義登録や、譲渡に基づく持ち分移動の記録、そして売却に基づく地位喪失といった履歴や個別投資家の持ち分管理自体はトランスファーエージェント、日本で言うところの名簿管理・名義書換業務にあたりますが、通常兼務するか投資家管理に特化した兄弟会社に実務を集約するので、アドミが一元的に窓口になるケースが一般的ですので、厳密にはアドミの仕事ではないものの、広義の意味でアドミの業務としてここでは扱うとします)やそれに関連して投資家の(FATCA/CRS対応を含めた)本人確認などが通常期待されています。

このように定義して、ピンと来て頂けるならばいいのですが、多分それらの違いが分からない、線引きはどこにあるの、という声が聞こえてきそうですので、ちょっと整理してみましょう。

ファンドの評価

これ、案外ファンド・アドミの仕事の根幹である一方で案外軽視されがちな仕事、なんですよね。ファンドの純資産評価の仕事、というと、「簡単に言えば」ファンドの資産と負債のそれぞれの現在の評価額を出して、合算することで得られますから「簡単そう」に見えますよね。これが軽視される背景ではあるのですが、考えてみればそんなに甘くはなくて。。。

負債の計算

ファンドの負債って何でしょう。各種サービスプロバイダーへの報酬やブローカレッジフィーなどの実費、ファンド設定や継続開示のための弁護士費用、年次監査のための監査費用、といったもののの未払い額が主だったところですが、そこにレバレッジを掛けるならば当然そのローンとその利息も入ってきます。問題は、実費や弁護士費用当たりは実際の請求書ベースでかんがえればいいものの、サービスプロバイダーへの報酬、となるとある一定の計算式に「入れるだけ」で計算できる、と思われがちですがその計算式を構成するロジック(日割り計算するの?とか、日割りの端数はどのタイミングで計上する?とか、フィーの計算根拠はグロスNAVで、それとも当期費用控除後?)の確定を契約書とにらめっこして合理性のある形にまとめなければならないのです。監査費用に至っては毎年いくらくらいになるか、見込みベースで計算基準日ごとに期間按分したものを計上しないと最終的に出来上がる純資産価格の動きに費用計上のタイミングでぶれが生じるので好ましくない、という配慮も必要になったりします。ファンドの設立費用も最近だと5年償却が増えてきているようなので、その期間はずっと費用計上しつづけなければなりません。

この当たりはシステムでやるから気にしなくていいんじゃない?なんて声も聞こえてきそうですが、上記を全部システムのパラメーターに出来るかというとなかなか難しい。しかもファンドごとの特殊事情が常に付きまとうので、結局人の手による管理が残ってしまうのも事実だったりします。

資産の計算

これ、公開情報な市場の終値を使えばいいだけなんだから楽勝でしょ?

と思ったでしょ?保有しているのが上場株のうち流動性が高い大型株、だったらね。これが上場していても流動性が低い小型株だったら終値つかないので、どうしましょうね。気配値?それとも最終取引価格?もしその最終取引価格から取引が10営業日も取引がつかなかったら?株ならいいけど国債は?社債は?オプションは?だんだんその資産価格の第三者的公平性の担保が難しくなりますよね。といって、ファンドにとってある意味第三者であるアドミが勝手につけていい訳じゃないですよね。一応ファンドの目論見書やアドミ契約には、上記のような終値が付かなかったら、などなどの状態における価格参照ルールを決めることで、出来るだけ恣意的に価格が決まることのないようにする努力はされています。

とはいえ、悩ましいのは流動性の低い資産、特に取引量が少ない通貨ペア、が市場の終了時に一瞬だけオフマーケット価格でや苦情がついちゃった時、のような形式的に参照できる価格があるけどどうみても実勢価格からはかい離しているものをどう取り扱うか、という更なる問題も存在するのです。

とはいえ、まだ市場性がある資産ならばいいですよね。最後は誰かしらがマーケットメイクする訳ですから。未上場株やプライベートレンディング、不動産といった個別具体性の極めて高いものになると評価方法は人によって大きく分かれることも多々ある訳ですから、これらの価格の妥当性は第三者が仮に算出したとしてもファンドの財務諸表として適切かどうかの監査人の意見も反映されることになり、言い換えれば監査人との不幸で不毛な資産評価の論争が毎年行われることになってしまうのです。

純資産価格の算出へのプレッシャー

更に、算出プロセスに対する挑戦というかプレッシャーも高いのです、実は。例えば日本の公募ファンドがよく取り入れている、いわゆるファンドオブファンズ商品は、公募ファンドが外国ファンドへその資産のほとんどを投資している訳ですが、その結果、公募ファンドが純資産評価をするためには外国ファンドの評価がないと出来ないことになります。公募ファンドはだいたい毎営業日の午後3時までに純資産価格を開示することが求められているのですが、そのためには同日の正午までに外国ファンドの評価が届かないと出来ない、とされています。

前日のファンドの評価でしょ?翌朝の正午なんて余裕じゃない!

と、思うでしょ?もし外国ファンドが米国株を持っていたとします。その終値が出るのがニューヨーク時間の午後5時。日本との時差は14時間(サマータイムだと13時間)なので、東京時間の翌朝7時(サマータイムだと午前6時)。気付けば5時間しか残っていないことになります。

5時間でしょ?余裕じゃないの?

上場株を直接保有するファンドであればまだいけるかもしれません。でも、夕方5時からということはもしニューヨークに拠点のあるアドミだとしてもその作業は残業で行うことになります。しかも毎日。普通に我々が残業だといってやる仕事、正確性を求められたとすると大変ですよね。それを毎日。

では、残業させずに(かつアメリカ人クオリティではない)サービス提供となるとアジアでやるほうがよさそうですが、アジアのファンド・アドミの中心地は香港やシンガポールで時差は日本から一時間遅れ。彼らが現地時間の午前9時から作業しても手持ちの時間は2時間のみ(現地11時が日本の正午)。そんなタイトなスケジュールでエラーなく毎日行え、というのは相当のプレッシャーです。

余談ですが、これを解決するために、日本から4時間の時差のところにあるニュージーランドで評価業務を行えば、残業もない通常業務の範囲内で処理が出来るのでどうでしょう、とあちこちのファンドアドミ会社さんに呼びかけています。が、まだどこも実現できていません(笑)

では、私募は余裕か、というとそんなこともなく、当然ある程度の期限を決められている一方で資産評価等を行うにあたってその評価のためのソースが時間通り来るとは限らないですし、来ても何か足りない、ということもあるので、このあたりも多かれ少なかれ時間との戦いになるのも事実です。

保有資産の保管・移転の指示

前回の記事にて取り上げたように、アドミの仕事のもう一つ大きなところは保有する金銭や証券などの資産の保管や移転の指示を、運用会社等からの指図に基づいて行うこと、でもあります。この時、前回の記事にあったように、ファンドの資産管理を行う運用会社等がいくら指図を行ったとしても、ファンドの本来の目的に合致した指図以外の指図を盲目的に行うのは投資家への背任行為に当たるので行ってはいけない訳ですがそれを除けば(というと、あまりに簡単に聞こえますが、よく考えてください。この指図がファンドの契約書類のどれに該当するものなのか、逐次確認判断する必要がある訳です。それはそれでルーティン化するまでは手間なことには違いありません。)如何に指図に対して適切にアクションが取れるか、がこの業務のキーになるところです。

資産移転は思っているほど楽じゃない

資金移動に証券の決済、それが仕事としたら言われたものを言われたとおりにすればいいのだから楽なんじゃないの?そう思われがちですが、ヘッジファンドはもちろんの事、ただのロングオンリーであっても大量な取引を毎日するようなファンドだと当然処理能力を問われます。証券決済の締め切りまでに手続きを終わらせなければいけないわけですからSTP(straight-through processing: 証券取引の発注から、売買成立、そして決済までの一連の事務処理を人手を介さずに電子的に行う事)の導入と、そのプロセスに対してアドミならずも運用者を含めたすべての関係者が対応する必要が出てきます。

と言って、STPが導入できたらそれに任せきりで良いかというとそんなこともなく、一旦走り出したら修正が効かなくなる危険がある以上、提供された取引情報や約定情報と決済情報が常に一致しているかどうか再照合を行う監査プロセスも並行して行う必要が出てくるため、それでも常に時間との戦いになります。

では、上場株がそうならば、年に数件程度とさほど取引量が多くないはずのプライベートエクイティやベンチャーキャピタル投資のような非上場株式ならばどうか、というと、例えばgo-to-private な買収案件ならば上場廃止手続きが伴うのでその手続きが、とか、もともと非上場であれば払いこみと名義書換えのタイミングや段取り、その前に譲渡承諾を取締役界などから取り付ける、常任株主代理人の選別、などなど、資産譲渡に絡むもろもろの作業を運用者のチームと共同で対応していくことになります。

じゃあ、株や債券でもないファンドの持分は?というと、これも単純にファンドのアドミ/名義書換事務代行者にファンド名義で買ったよ、売ったよ、資金決済しておしまい、というわけには最近ではいかないのも事実。ファンド名義で買うということはファンドのいわゆる本人確認のDue diligence をCRSや FATCA 基準に合わせて証明書類を提出していくことになるのですが、これがまたかなり手間。時にはファンドの投資家や運用者、スポンサーの本人確認資料まで求められるケースも増えてきていますのでこれも時間との戦いになることもしばし。。。

そしてもっと大事なのはその結果ファンドが何を保有しているかの管理であって

今まではどうやってファンドの資産を入れたり出したりするか、という話でしたが、実際にもっと大事になるのは結果としてファンドとして何をどれだけ保有しているのか、が運用者との認識と一致していないと問題になります。当然に一致するだろう、と思いがちですが。。。

投資家の異動やそれに関連して投資家の本人確認

多分今、投資家や運用者が一番「アドミ、ひどくない?」と思っているに違いないアドミの業務が本人確認の冗長的なプロセス、ではないでしょうか。とはいえ、これはアドミが悪いのではなく、US/UK FATCA やそれの派生としてのCRSが投資家やその投資資金に関して従前にないほど多くの情報をファンドに対して結果的に求めるようになったので本当に悪いのはそんな各国の税務当局(笑)、に他ならないのです。ですが、ファンドの事務委任を受けているアドミにしてみれば、その compliance の観点でどこまで資料を徴求するかがどうしても会社ごとに微妙なズレを生じるのでどうしてもコンサバな会社ほど嫌がられる傾向にあるのも事実。しかも、これを投資開始までにあれこれ出さないと投資できない、という無用なプレッシャーの中でストレスを感じながら行われるのでどうしても不幸な会話にならざるをえないのがアドミにとっては更に悪い立場に置かれざる状況にあるのです。

もう一度言いますが、アドミはファンドの事務代行に過ぎず、本源的には税務当局への対応のための手続きなのでアドミが悪いわけではないのですよ。。。

では、このビジネスを日本で立ち上げるとしたら何が必要なの?

だいぶアドミが劣悪な環境でビジネスをしているような表現になってしまっていますが、実は本質的な話をするならば、日本でこのビジネスを始めようとしたら何が必要かというと、極論を言えばPC一台で十分です。ファンド名義で銀行口座と証券口座を開設し、運用者の指図に従って証券や資金を移動出来るようにオンラインで動かせるようにして、各種イベントなどのスケジュール管理はカレンダーに書き入れて、Excel に証券や資金の残高を取り込んで各種フィーの計算を正しく行えばNAVの算出は完了。もし未公開株なら証券口座が不要で単にファンドでございと、譲渡契約にファンド名義で捺印して、名義書き換え人にファンドの代理人として登録してもらうだけでおしまい。財務諸表を作成して監査を受ける必要があるなら、NAVの算出情報を元にファンドが準拠する会計ルールに従った財務諸表を作成(するか会計事務所にアウトソース)して監査人に監査してもらえばいいだけ。事実、ファンド・アドミを監督する関係省庁は存在しないのでライセンスを取る、また取るために人的・資本的リソースを準備しなければならないこともないのです。なぜって?会社の経理処理や財務諸表を作成するのに何かライセンスを取得する必要はないですよね?会社型ファンドと会社との間において、事務上の違いは存在しないのですから逆にライセンスでいずれも縛ることも出来ないのです。

あれ?信託銀行はどうなの?あれは信託形式のファンドを預かるのだし

はい、信託形式であれば受託者として信託会社が受託者となり、また信託業法の求めるところから、アドミ業務やカストディ業務、不動産案件ならプロパティ・マネジメント業務など資産の保全・管理業務全般を自分で行っていますし、それを求められています。これは日本の法規制から受託者に求められている要求の高さから来ているのですが、ただし、これは受託者ならば、という前提があります。

言い換えれば、会社型のファンド有限責任組合スキームに対してもアドミ業務やカストディ業務だけを提供することも技術的には可能でしょうし、実際に信託銀行さんのカストディ業務はその単体だけでも充分海外のプレーヤーと肩を並べるほどの規模になっています。ですが、それだけのスケールを要するカストディを必要とするのは投資信託のようなロングオンリーかヘッジファンドのときがメインで、その際には会社型スキームにアドミとカストディを合わせて提供することになりますが、有限責任組合/LPSスキームを主戦場とするのが非上場株を取り扱うプライベートエクイティやベンチャーキャピタルですからカストディとして求められる機能が世界規模での証券決済よりも一つ一つの証券の全てをきちんと保有しているか、という装置産業と真逆になリ、また、会計システムの取り扱いを一つ取っても、個別投資家に対するキャリー(成功報酬)の計算というかなり柔軟性を求められるものですので、こちらも装置産業で画一的なサービスで対応、とはいかないため、なかなか本格的に踏み込めない領域と化しているところでもあります。

そう考えると、前述のPC一台でできるファンドアドミもあれば、業界標準とされるアドミシステムなどを導入して管理運営していくのもファンドアドミ。その違いはどこにあると考えるべきなのでしょう。

そこで考えてみる。世界中のファンドアドミはどうやって立ち上がって大きくなっていくのか?

世界中を見回すと、結構いろいろなサイズや特色のファンドアドミがいるものでして、例えばジャージー島なら70社程度があると言われていますが、これがルクセンブルクだと130前後とも言われています。その中には世界規模も銀行系ファンドアドミも当然ありますが、小さなファンドアドミも独立してビジネスを継続しています。一番小さいところでは、親密先のファミリーオフィスを数件扱うためだけに、数人で運営しているという会社があります。当然、そのサイズであれば導入に数千万円掛ると言われるシステムを使わなくとも、というよりExcel とカレンダーを使った手作業で管理も十分可能になります。

また、取引量が少ないファンド・オブ・ヘッジファンドやファンド・オブ・プライベートエクイティファンドといったファンド投資系の商品もカストディもシステムやネットワークも不要ですから取り扱い案件数が少ないうちはシステムがなくとも管理可能と言えるでしょう。同じことは不動産投資ファンドも同様です。

とすると、大掛かりなシステムインフラやグローバルなネットワークを要しない低流動性・低頻度取引のファンドのアドミ業務が小規模の頃の事業対象としてはスイートスポットだと言えるでしょう。また、このステージにあるならば、各顧客の顔もニーズもよくわかり、それにきめ細やかに対応しようという余裕もありますし、そうすることが顧客を掴む大きな要素でもあるのです。

そこから事業基盤を拡充していき、システムインフラ投資が出来るようになると、システムを生かした(Excel とカレンダーのようないつ壊れたりするかわからないものを使わない)より企業らしい管理業務にシフト出来るのと他方に、このシステムを最大限に活用できるように案件数と対象ファンド戦略を広げていくことになります。

そうやって顧客ベースが広がると対象となるファンド設定地や運用者・投資家の地理的分散が広がっていくため、世界中の複数拠点への進出や買収(または、買収されることで比較的大きいグローバル展開したフランチャイズの一部に組み込まれる)という形での展開が次のステージである地理的拡大を進めていくことになる、というのが想定されるファンド・アドミの企業としての成長モデルの一つと言えると思います。

成長モデルを考えたときの日本初のアドミがあまり出てこない理由

では、この成長モデルを考えたときに、日本発でアドミを始めた時に何が成長の妨げになるのか、考えてみたいと思います。

まず取っ掛かりとしての低流動性資産を対象にした、低頻度取引のファンド、が日本だとどのあたりが手ごろなのか、という問題があります。というのも、不動産投資ファンドを例にすると、確かに手ごろな事務量になると思いますが、他方で既に会計事務所さんを中心に対象となる特定目的会社に対して記帳業務や決算作成といった一般的な会社向け業務を取締役派遣などと併せて提供し続けてきたため、かなり安価な費用体系が業界の標準となってしまっています。ただし、そこには通帳管理や資金決済の執行に対する業務など上記のような通常の会社向けサービスにないその他の業務代行廻りの対費用でみた評価がその責任に見合わない形で提供されていた為、この業務から撤退しているところも増えているのも確かですが、報酬という点で上昇しているかというとなかなか難しいのが現実です。

次に未公開株取引の伴うプライベートエクイティやベンチャーキャピタルですが、不思議なことにこの二つの似た戦略にもかかわらずファンドアドミの採用という点で大きく違うという現実があります。

ベンチャーキャピタルの場合、企業ベンチャーキャピタルや大学ベンチャーキャピタルというのもあることから、全体的なファンドのスケール感があまり大きくない為にそこに対する専門性のあるリソースを運用者側で抱えられないことから「餅は餅屋に」という発想が強いようですが、プライベートエクイティの場合、ファンドのサイズ感としてはベンチャーキャピタルより大きいものの、全体に対する費用へのプレッシャーが大きいことと、運用チームに自社の経理担当を既に抱えていることからそのリソースにファンドの運営を行わせていることが一般的になっているため、追加費用として見られがちな事務の外部委託、という印象がどうしてもぬぐえないでいるのが現状にあります。

残るはファンド・オブ・ヘッジファンドやファンド・オブ・プライベートエクイティファンドのようなファンド投資のファンドですが、投資家の多くが機関投資家である以上外部委任という発想は当然に持っているのですが、リーマン危機以降、如何せん案件自体あまり多くないのが現実です。

もしヘッジファンドやロングオンリーファンドなどの上場株等を取り扱うファンドをスタートアップしたアドミが受任したとしても、システムでの対応が出来ない、カストディやプライムブローカーとのやり取りの先の作業が手作業になる、といった実務的な観点で疑問が残ることもさることながら、いまどきは投資家もかなり専門性が高くなってきていることから、 operational due diligence (実務廻りの精査)において掛る事業インフラで大量の取引を処理するということに対する懸念がどうしても発生する、という運営リスクとして見られる可能性が高いため、採用されづらいという問題が存在します。といって、起業したタイミングでシステム投資が出来るか、というと、豊富な資金力のある後ろ盾があるのならば、という限定条件が付かざるを得ません。

そう考えていくと、起業という観点でのファンドアドミを考えたときにその生まれ育つ環境としては結構厳しいものだというのが見て取れるかと思います。

また、案外理解されていないことなのですが、例えばオルタナ投資でヘッジファンド、プライベートエクイティ、ベンチャーキャピタル、不動産投資、インフラ投資、などが括られますが、これらのアドミの実務というのは、インセンティブ・フィーの計算だけの違い、という訳ではなく、それぞれの特殊性が様々なところにあるため、例えば、ヘッジファンドのアドミが出来るのだからプライベートエクイティも普通にできるだろう、ということは決してないのです。実際に業界標準とされるシステムひとつとっても、ヘッジファンド用のものとプライベートエクイティ用のものでは異なる会社がそれぞれ開発した全く別物のシステムです。それくらいワークフローから何からが異なるので、実はすでにロングオンリーを扱っているからヘッジも出来る、とかヘッジファンドの受任をしているからベンチャーキャピタルの受任も問題なくできる、ということはなく、結果として大手ですら新しい戦略に事業を拡大しようとするならば、システムや経験を持った人的リソースも手に入れる必要があるものの、日本国内に限定して話をするならば、そもそも独立系のファンドアドミの数が極めて少ないため、買収対象や人の引き抜きを含めた経験者の採用が困難なのです。

何が日本でのファンドアドミの背中を押すのか?

まだまだ未熟な業界、なので 背中を押してください。ではどうしたら、新しいプレーヤーが出やすくなるのでしょう。
端的に言えば、上記で挙げた足枷を解消できればいいのでしょう。それは

  1. アドミサービスに対する適正な報酬体系
  2. アドミを運用者が内製化せずに第三者が適切に行うことを求められる投資環境
  3. ファンドアドミの経験者もしくは周辺業務の経験者の増加

どうみても都合のいい世界ですよね(笑)

1.は特に更に圧力が掛っていますので、逆行するのですが、他方で安いけどクオリティが、という声も散見されますので、そろそろ費用対効果という観点で評価する環境に代わってほしいなぁ、とは思っています。

また、2. については、実は年金投資家によるファンド投資が AIJ 事件で取りざたされた時に、ファンドの評価報告についてアドミから直接受託者に送付されるよう求められていましたが、それでも特にプライベートエクイティの世界ではアドミ=運用者の構図が変わっていませんので、このタイミングでMadoff 事件で米国のファンドのアドミは外部委任することが求められたのと同じようになることを期待したのですが。。。

3. については仮に増えたとしてもファンドアドミのビジネスが魅力的に見えないと増加しても成り手が増えない訳ですので、ビジネスとしての魅力が高めるという自助努力も必要だということは認知しております(笑)

私もこの業界の末席を汚しておりますので、どうにかして盛り上げたいなぁ、と日々思っています。さてどうしたもんじゃろなぁ。。。

LPS with LLP-GP なんてVC 投資スキームは実は最先端のストラクチャー

イノベーションはどこで起こる?
イノベーションはどこで起こる?

ストラクチャーのイノベーションはどこで起きる?

ほんの数日前のこと、お仕事を頂戴している方たちから、ファンドのストラクチャリングで最近見ている新しい潮流とその先の影響の議論を伺ったので、ちょっと興味深い話でもあったのでこちらで少し触れてみようかと思います。

金融に特許なし、でもそれで金融は発展した

金融のいいことであり悪いことでもあるのはある目的を達成するためのストラクチャリングが特許権のような属人的な扱いをされることがほぼほぼ存在せず、最先端のストラクチャーを作ってファンドを立ち上げて、そこそこ成功している、なんてのんびりしていると、どういう訳か気付いたらそのストラクチャーは同業他社に早速コピーされてしまう、なんてことは基本的に起こり得るもの、という前提でいなければいけない、わけです。まぁ、そのおかげで初期に開発されたスキームがすぐに特段の前提条件を要しない汎用化されたり、その後の様々な実務上の問題点や法制度の変化などを受けてその解決法を組み込みながら進化したり(言い換えれば面倒なほどに複雑化したり)していくので、特許で守られないことのメリットは業界全部に還元される、というその意味ではいいエコシステムだよな、と思うことも多いです。

で、今回は何よ?

今回聞いた話は、国内の投資法制度の一つ、投資有限責任組合法に基づく組合の設立に絡むことで、普通に考えると、組合をつくるにあたっては無限責任社員が一社、法人格をもったものが通常置かれるのが当然、そうでなければ自然人がリスク取りまくりではあるものの無限責任社員の任に就くことになる、よなぁ、考えるのです。が、今回聞いた話では、サイズも小さいし知り合い同士でお金を出し合っている側面の高いベンチャーキャピタル(VC)投資の世界では、投資の責任を事実上取る案件のスポンサーがLLPを構成して、その LLP が無限責任社員の任に就く、というのが増えつつあるというのです。

確かに、LLP ならば最初の組合設立の登記さえしてしまえば、乱暴な言い方をしてしまえば、登記後は放置しても維持費は言うほどかからず、投資運用の実質は変わらないし、その結果、キャリーを取ろうとすればほぼ全額を山分け可能(笑)という、投資の運営側にとっては会社運営という作業のオーバーヘッドを省けることもあってかなりお得、というものです。

でも、それだけの話?

いえいえ。話の本質はここからなのです。
従来、LLPがGP業務を行うことについては法律上は特段問題はなかったのですが、投資有限責任組合法に基づいて組合の登記を行う際に、GPはLLPではなくLLPの組合員、すなわち実質の運用者が複数名で登記をしていました。その背景としては、LLPは法人格を有しないことから、GP登録したくてもできずLLP の組合員のそれぞれの名前で登記する必要があった、という状態にありました。

しかし、どうやら法務局がその判断でLLPそのものをGP登録できるようにしているそうなのです。実際に登記申請した際に、普通に受け付けているそうなのです。これって、いつの間にかLLPに法人格の付与がされてしまった?と関係者で頭を抱える問題になってしまうのです。

なんで?単なる登記手続き上の法人格の有無だけの問題じゃないの?

ええ、その法人格が実は税金の観点で余計な論議を起こしかねないのです。前述の通り、法人格がないことからビークルとして税務上透過性があるとして、課税すべきポイントが組合の構成員にまでそれぞれ落ちてきていた(構成員課税、と呼ばれています。)わけで、だからこそ構成員レベルでの個別のタックスプラニングに対応出来るというメリットがあるのです。

ですが、これがもし法人格を認めるというと、上記にある課税方法の根拠がなくなってしまうので、他の法人格のあるビークルと同じようにこのビークルで課税できる(ので組合員の取り分が減ってしまう。)、という議論を作りだす素地が出来てしまったのです。

確かに今回は登記手続き上の問題、ではありますが、そもそも登記だって法律に基づく手続きを行うわけですから、LLP を成立させる法の枠組みの中で法人格に関する不整合が起きてしまった、と捉えるべきところかもしれません。

で、どうなるの?

実務上は歓迎されるべきこと、と見ていますので、法人格のないビークルだけど特例でできるように投資有限責任組合法の登記手続きなどを手直しする方が本当はいいのでしょうねぇ。でも、法令の手直しですからねぇ。手間かかるでしょうねぇ。と言っても、税務署がそれまでの間にここに手を出さない no action letter なんかを取るのが安心ですが、やりますかねぇ。

また、これが本当に普及した場合、ベンチャーキャピタルのみならずプライベートエクイティ投資の際の GP として LLP を作ることで運用者自身の会社の GPと実質の運用機能は変わらず「軽い」セットアップで始めて、運営のコストや負担が下がるというのは GP側にとってメリットがいろいろと見いだすことができるはずです。とはいえ、LLP が GP というと、自然人でも法人でもない組織が責任を取れるのか、という形式上の信頼性の問題がどうしても気になる機関投資家はいるんでしょうねぇ。この辺りが、VC と PE との間のプレーヤーの性質の違い、かもしれません。

ファンドの基本- LPS型ファンドとその関係者

さて。本当はもっと頻繁にネタを書いていくつもりでしたが、どうも図を書かねばなんて思い始めたらスピードが遅くなってすみません。元々の遅筆に輪をかけてしまっていて、自分でなんとかせねばとは思っているのですが。。。

ということで、今回が基本シリーズの第三回。日本ではプライベート・エクイティやベンチャー・キャピタルの世界で使われる事の多い、有限責任組合スキーム、もしくはリミテッド・パートナーシップ型についてです。といっても、この概念は、会社型ユニットトラスト型から比較すると一見分かりづらい部分があるのも事実なので、コーポレート・ガバナンスがどうの、という所よりは、これに類してまだ分かりやすい日本の法制度上の仕組みとしてある「匿名組合」というものとの比較を行う事で、まず仕組み自体に理解を進めていき、その上で、仕組み上の問題点を考えながらコーポレート・ガバナンスがどのように機能すべきか、という着目を上乗せしていこうと思います。

匿名組合とは?

さて、本筋に入る前の、前段階として、匿名組合という仕組みについて見てみたいと思います。匿名組合というのは、日本においては商法にて定められる仕組みで、名前は「組合」とあるものの、実際には出資する「匿名組合員」と実際にその出資に基づいて事業を行う「営業者」との間で

匿名組合
  • 「匿名組合員」が「営業者」が行う予定のとある「事業」に対して「出資」をし、
  • 「営業者」はその「事業」の終了時に「事業」から発生した損益を「匿名組合員」に返還する、

という双務契約なのです。絵的にいうと、こんな感じ。

で、この契約の結果、

  • 「出資」された資本は匿名組合の財産になり
  • 「事業」も「営業者」の名義で行われ(従って、「事業」に関して取得した資産も発生した負債も「営業者」の名義となり)
  • そのため「匿名組合員」は契約期間中は当然終了後も「事業」として行われる「営業者」の行為について第三者としての権利を有せず、結果として
  • 「事業」による損益は全額を「匿名組合員」に分配する(損失については出資額を上限とする)

という、お金は出すけど口もなにも出せない、とっても都合のいい出資者扱いであり、他方で、自分がとある事業を行いたいが表立ってすることが出来ない、関与していない体を取りたい、なんていうケースには、もし「営業者」がとっても第三者で信用のおける相手であればこれほど都合のいい仕組みはない、という代物です。(外国人による事業に対する規制のある東南アジアで名目上現地のパートナーに名前を出して事業を行うのに似てますね(笑))

また、最後にあるように、損失については出資額を上限とするので、匿名組合員としては事業に対するリスクは出資額の全額損失程度の有限責任で許してもらえるのも実はメリットがあるとも言えます。

投資有限責任組合とは?

とすると、投資家の観点から見れば、投資の責任が有限なのはよいとしても、自分の資産が営業者のそれと混同してしまうのは、営業者の信用状況に左右されることになり不安定(というか持ち逃げされるのは嫌だ)になるので困るので、もう少しこのあたりを投資家フレンドリーにならんかい、ということで、日本で導入されたのが有限責任組合という、海外の Limited Partnership の概念。特に投資の世界で使われるのが、法律上および実務上、有限責任組合より先に制定された法律に基づく「投資事業有限責任組合」というもの。

投資事業有限責任組合

「有限責任組合員」が「無限責任組合員」が行う予定のとある「投資事業」に対して「出資」をし、「無限責任組合員」はその「投資事業」の終了時に「投資事業」から発生した損益を「有限責任組合員」に返還する、

という意味では、絵的にもご覧の通り、匿名組合と何の変わりもない。

で、じゃあ、何が違うか、というと、この組合は法律で登記する事で法人格を得るので、無限責任組合員が組合の目的である投資事業を行う際に、「組合としての」無限責任組合員名義で例えば銀行口座を開けて財産を所有し、また債務を負うことで無限責任組合員自身の資産や負債と区別される、というか、分別管理を求められる、のです。

とすると、

資産の分別管理が為されるし、もういいんじゃね?

と思っちゃってますよね。書いてる自分でも一瞬これ以上いっか、と思ったり(笑)

でも、これはまだファンドの器としてのレベルというかレイヤーでの議論に過ぎません。ある意味、これで信託や会社型ファンドと同程度になった、だけです。

LPS とガバナンスの仕組みとは?

実際、この状況だと、無限責任組合員、あー、長ったらしいから、以下 GP と呼びますね、が予定している投資事業を本当に実行するかどうか(出来るかどうか、ではなく、するか、です。ええ、適切な案件がなかったのでしなかった、出来なかった、という事例が過去5年で散見されました。これって、無理矢理高値で掴んで元本既存するくらないならやらないという勇気、だったと私は個人的には思ってますが。。。)、という点で大きく GP に依存してますよね。つーか、ぶっちゃけ組合名義の印鑑を持っているGP による資産の持ち逃げ(笑)についてだってまだその懸念も残ってますし。

とすると、どうしたらいいんでしょう。

GP の会社としての構造を変えてしまえばいいんです。

一般的な GP って運用者の会社そのものがなってしまい(かつ、金融商品取引法第63条に基づく特定機関投資家向け特例業務の一環として運用運用業や第二種金融商品取引業のライセンスを取ったり取らなかったりしますが、それはまた別の問題として。。。)、運用判断からファンドの資産の管理保全を一手に引き受けているケースが、まぁほとんど。かつ、有限責任組合員(というか、GPをGPと呼ぶから、LPと呼びましょうか)への投資状況のご報告から投資時の資金請求、投資完了時の資金返還、ということは投資中の投資案件の時価評価とか組合としての帳簿作成、などなどを、一義的には自身の責任に基づく業務として行っているのが一般的。まぁ、投資中の資産なんて、現金なんて一瞬で非上場株式をずっと保管するのだからGP自身との混同だったり持ち逃げのリスクだなんて、結構そんなことされるチャンスなんて少ないじゃん、という前提でプロの方々は投資して、されているんですが。。。

LPSと投資家保護

とはいえ、個人を食い物にしようとする 63業者あたりだと、怖いっすよねぇ(笑)

としたら、どうしたらいいんでしょう。要はこれって、会社型でいうところの self-administration な訳ですからねぇ。同じアプローチで行くならば

GP から運用判断をする部分を切り離して、運用判断をする人は運用業に専念して、GPは運用判断に基づく執行とファンド(組合ですね、この場合)の資産の保有と保全に専念する。

のが第一歩でしょう。実際、SPC として投資導管として使う合同会社というのが不動産投資あたりでは一般的ですから、これをGP に据えて、従来 GP として投資判断等を行っていた会社さんが投資一任/助言業として動く、というのは(業登録することで発生するコストはさておき)出来る話です。

で、そうなると、そんな GPには会社型スキームと同じく、取締役会で取締役が提供された投資判断をLPと事前に締結している有限責任投資契約(LPA)などに定められている投資方針などを元に投資するかどうかを判断し、投資すると決定したら、GPの会社業務を行うアドミニストレーターが株式や債権の取得等を行う、と取締役と執行部分も切り離していくのです。

でも、その投資する為には LP に投資資金の請求をする訳ですが、これは LPA に基づく作業なので、組合の業務として取り扱うので組合のアドミニストレーション、と GPに対する業務と切り分けて考えることも出来ます(まぁ、GPの面倒を見るなら 組合というか LPS だって、と思いますが。。。)。同種の作業は LPA に基づく持ち分に対する財務情報などの投資情報の提供だったり、この他いろいろある訳ですが、AIJ 問題以降の年金による投資の際に第三者が行うアドミニストレーターが作成した運用報告書が必要、だったりしますから、このあたりは今後そういう解釈になるならキーになるところでしょう。

なんて考えると、構図はこんな風に変わってくるのでしょう。

世界基準のストラクチャー

さて。

ここまで、立場としての関係者をこういれると、という話をしていますが、例えば同一人物が兼務だってすることは可能です。例えば、運用者のキーパーソンがGPの取締役になる、というのが一番分かりやすいところです。そうなると、当然、同じ個人でも一方で運用者としての判断をし、他方でファンド運営のコーポレートガバナンスを保つ立場としてふるまうわけですので、投資家からすれば、その使い分けはちゃんとするでしょ、と期待しますし、実際はといえば運用者としての意思決定のバイアスがファンド運営のコーポレートガバナンスに多大に影響し得る、という実務的観点から見ての相反が同一人の中で発生することは容易に想像できてしまいます、よね?同一人物による兼務だけでなく、運用者とその実質的支配下に置かれた子会社が運用と執行をになっちゃう、とか。スキームの形式だけでなく、関係者の利害関係もスキームを見るときには気を付けないといけない、というのは、実はLPS スキームに限ったことではなく、会社型であってもユニットトラストであっても同じ。。。ということを書きそびれていたのでここで書いてます(笑)。

まとめ

ということで、とりあえずは当初の目的は果たせたと思いつつ、一旦今回の記事はおしまいにして、次は。。。どうやって展開させましょうかねぇ。。。

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