このところ某運用会社でバイアウトファンドやベンチャーキャピタルファンドのLP持分の買取なんてやっているので、特に海外のファンドの持分の買取の際に買おうとする自分のファンドの属性を聞かれます。しかも、例えばケイマン諸島籍の組合なのにアメリカの法律に基づいたプロ投資家に関する質問だったりします。ちょっと不思議ですよね?
また、この手の話をしていると、プロの投資家、という投資家の資格で言うと、案外日本のプロなら海外でも、みたいに思われるところもあるようでして、この辺りを日米で比較しながらみていきたいと思います。
まずは、久しぶりに slideshare 用やYoutube用に簡単なものを作りました。
急いでいる人はこれでざっくりとどーぞ(笑)あ、ちなみに、それぞれちょっとバージョンが違いますよ。
日本の場合 – 金商法上の投資家保護の度合いで考えている
以前適格機関投資家等向け特例業務、と言う金商法第63条に基づいて金融商品取引業の届出をしなくともファンドの運用や持分の販売が特例として認められるものがある、と言うルールの変更が2017年にあった時に書いたのですが、これが代表格として、日本では
の三つの属性が存在します。普段から長いブログなのでこの辺りの説明を過去したような気もするので上記にあるリンクで金融庁のホームページでの解説をご参考頂こうかと思いますが、要は、金融商品取引法において3段階のプロ投資家の仕組みが出来ていて、ざっくり言えば
- 投資商品の募集や預ける資産の運用について、金融商品取引業者でなくても自分で面倒見られるから(特例業者になら任せても)問題ないよ、と言える適格機関投資家
- 投資商品の募集や預ける資産の運用について、金融商品取引業者からの(事前や投資期間中の)説明を簡便化しても問題ないよ、と言える特定投資家
- 預ける資産の運用について、規制の緩い(と言っても、資本額と取締役会がない程度だけどだから実際緩くないんだけどね)金融商品取引業者の一部に任せても問題ないよ、と言える適格投資家
の違い、ではあるのです。言い換えると、投資家保護の観点で、守らなくてもいい度合いを三段階にしている、とみることができます。そう考えると、このブログでたまに出てくる、金融商品取引業者の登録が面倒でカネもかかるし手間も掛かるから、という結果的にざっくり言えば人のお金でどんぱちだけやりたい類の輩(耳が痛いなー、という人、put your hands up!)が喜んで選ぼうとする金商法第63条特例業務という登録なく運用業と募集業が出来る方法というのは、適格機関投資家の厳しい目や投資家としての投資に対する要求(運用手法より、投資結果に対する説明義務や資産の分別管理、資産運用にかかる手続きの制度化とその再現性)が対応できる程度になされて始めて機能する業務、ということなのです。何も抜け道を作っているわけじゃないし、資産運用業って、人の金で買い物をすること、じゃないんですよ、やっぱり。
という、コンサルの仕事がさらにこなくする話はさておき、このプロ投資家、それぞれの資格を見ると、業種による自動的なプロ認定と届出・申し出による opt-in でのプロ認定という考え方や、保有資産とか金融資産の額(適格なら1億、特定なら3億、適格機関投資家なら10億)という額の切り分け、あと投資経験や金融商品取引業者との付き合いの長さ、の3つの側面が見えてきます。極端な話、投資事業有限責任組合だったら資産が2億のファンドでも適格機関投資家になれちゃいますし、100億あっても自分から選ばなければ適格機関投資家はおろか特定投資家にすらならない、という選択もあります。そこは法で定めた手続きを踏むことで投資に対する理解や注意喚起をして保護する対象に留まらなくても良いか、一旦は留める必要があるのか、という線引きをその属性や経験、資産と、自己の判断から引こうとしている、ということなのだろうと思います。
アメリカの場合 – 複数の法律からの要請、ということは。。。
アメリカの場合、プロ投資家、という時に次の三つの資格があります。
- Accredited Investor
- Qualified Purchaser
- Qualified Client
日本でプロ投資家を考える時にはその保護の入り口となる募集・販売が軸にあるのでどうしても金融商品取引法で規定するものの、投資一任などの観点(適格投資家限定投資運用業は除くけどね)や投資ビークルの性質の観点で投資家を選ぶ、ということはありませんでした。
ところが、アメリカですと募集の法律である証券法(Securities Act 1933)と、投資顧問法 (Investment Advisory Act 1940)と投資会社法 (Investment Company Act 1940) のそれぞれで規定を作ってしまっているのです。
Accredited Investor – 多分プロ投資家、というとついぞこれを考える
まず、アメリカで投資家に向けてファンドでも、株式でも、最近盛り上がっているSecurity Token であっても、いわゆる有価証券を売ろうとする場合、大原則として、証券法に基づく募集届出をSecurities and Exchange Commission (SEC)に提出せねばならない、というのは日本で有価証券届出書を Edinet に登録するのと同じです。ですが、いかんせんコストが高すぎるそうな。そこで、届出免除規定があって、 Regulations D として知られているルールです。これにもいくつかの条件があるのですが、そのうち一般的な募集行為は許されていないものの募集額と募集人数の制限がない 506(b) や同様に募集額や募集人数に上限がないものののネットでの募集は可能な506(c) については Accredited investor にのみ(506(b)は accredited investor ではない投資家は上限35名まで)募集・販売が可能とされているため、この Accredited Investorに該当する投資家へのアクセスが大事なポイントになるのです。
ちなみに、Accredited investor の条件とは、個人ならば
- 個人(配偶者を含めて)保有する純資産(ただし、主な住居の資産価値は除いて)が 100万米ドルを超える、もしくは
- 過去二年の年収が 20万米ドル (配偶者を含めて 30万米ドルでも可)を超え、現在も同じ水準の年収を得ることが合理的に予想できること
また、法人であれば
- その法人がaccredited investor だけによって保有される場合、もしくは
- 特定のファンドを取得する目的で作られてなく、その資産総額が 500万米ドル以上あること
という、資産額だけを見るというシンプルなものなのです。とは言え、これを満たすアメリカ人というのが、とある統計で個人としては全人口の 8.25% しか(と言っても、2億人の国ですから、ざっと160万人くらいしか(?))いない、そうなのです。
Qualified Purchaser – 米国投資家が入ったファンドの運用者も実はSECの管轄下
続いての資格が Qualified Purchaser。ざっくり言えば、米国投資家がファンドに投資したら、そのファンドの運用者はSEC への登録が必要になるそうです。とは言え、流石に、何でもかんでも登録という訳にもいかないことから、いくつか登録免除規定があるそうで、そのうち、米国内に活動拠点のない運用者、例えば日本の運用会社、の場合、運用するファンドが private fund に該当して、米国からの投資家が 15人未満かつ合計額が 2500万米ドル未満であれば免除が不要、とされています。もしこれが2500万米ドルを超えたり15人以上になると即登録、とはならず、 一定の届出を出せば足りるとされています。
で、問題はこの private fund というものですが、1940年投資会社法というファンドのビークルに関する法律の中で Section 3(c)1 もしくは Section 3(c)7 に該当するファンドとしてのSECへの届出免除対象のファンドであること、とされています。ちなみに、Section 3(c)1 とは投資家100人未満への私募ファンド、Section 3(c)7 が Qualified Purchaser 限定の私募ファンドをさし、Qualified Purchaser の条件というのが
- 個人、もしくは特定のファンド持分の取得目的で設立されていない家族保有の事業体で、500万米ドル以上の投資をしていること
- 特定のファンド持分の取得目的で設立されていない米国内の信託で、そのスポンサーかつ運営が qualified purchaser によって行われていること
- 個人、もしくは特定のファンド持分の取得目的で設立されていない事業体で、最低 2500万米ドル以上の投資を保有している(もしくは、かかる個人や法人の口座のために投資を行う個人/ 法人)
- Qualified purchaser のみが受益者/株主の事業体
と、条件がAccredited Investorよりも資産保有額が高いか個人、高い人たちが背後にいる事業体か、ということが見えてきます。そして、これまた、個人やその人たちが背後にいるビークル、ということと、あとビークルを挟めば投資家属性が変わる、という期待を先回りして、特定のファンド持分の取得目的ではない、とリパッケージ投資商品を狙い撃ってきています。
Qualified Client – 成功報酬を欲しい人たちが相手にすべき投資家層
そして、最後のQualified Client ですが、このルールは今までの話と比べるとちょっと違和感のある投資家属性です。というのも、この属性自体は
- 投資対象となるファンドへの投資後、そのファンドを運営する投資顧問業者への預け残高が 100万米ドル以上あること
- 対象となるファンド投資前の(その主な住居の資産価値を除いた)純資産が 210万米ドル以上あること
- qualified purchaser であること
- 対象となるファンドを運営する投資運用会社の役員などであるか、かかる投資運用会社の投資活動に携わり12ヶ月以上経過すること
と、微妙に中途半端な資産要件だったり、投資前後の資産額や預け残高を気にしたり、最後には自分の運用するファンドの投資判断や運用会社の役員等だったり(これは日本の適格投資家の条件に似たようなものがありますね。自分の運用するファンドにとって自分が適格投資家資格を得る、って不思議なあれ、です)、となんでだろう、と思いますよね。
実はこれ、米国投資家のために運用を行うprivate fund 運用者というのは、SECに登録するか、もしくはある一定の州に拠点を持つと、1940年投資顧問法におけるqualified clients 以外の投資家に対して同法に基づくパフォーマンスフィーを掛けることが禁止されているそうなのです。ということは、パフォーマンスフィーを掛けたい運用者が米国向けにファンドを設定する場合には、qualified client をターゲットにしないとパフォーマンスフィーを採用することが出来ない、ということになるのです。元々成功報酬の概念が薄かった日本から見ると面白いルールではありますよね。まぁ、パフォーマンスフィーというのは運用者の利益相反を起こしやすい報酬体系なので一般的な投資家が投資する投資信託に馴染まないことから、よく投資をわかっている人向けの private fund ならいいよ、とした米国のファンドの歴史にも合致する話でもあるんですよね。しかもこの条件の一つである運用者の役員等が入るなら運用者が自分の資金を入れて same-boat (投資家と同じリスクをとっていますよ、というコミットを示すこと)であるということも出来ますよね。
日米の相違点をざっくり言えば
ご覧の通り、日本のプロ投資家にある、この業種の企業ならば適格機関投資家ですよ、という括りがほぼないですよね。一応ここで取り上げていないもので類似性が挙げられるものとして Qualified Institutional Buyer というものがありますがこのご利益は市場での流動性供給目的の取引ができる、というところですので今回の議論からは微妙に異なります。
又、一応、米国にも US institutional investor という定義があり、そこには銀行や証券会社、SECに登録した投資会社などが含まれますが、そこには小規模事業投資会社や一定の従業員給付制度、そしてUSD 5mil以上あるや米国内の信託や免税組織もあります。でもこれの対象は前述の Qualified Institutional Buyer 同様、証券取引に関する規定(外国証券取引業者 – foreign broker-dealer との取引ができる対象の一つにする、Rule 15a-6 )での取り扱いですので、ファンド投資との関連がちょっと薄いかな、という気がします。
その他方で、米国のルールが個人の資産規模での議論にある意味一貫しているし、法人化した個人や家族に対しても事実上同じような資産規模を透過して見ようとしているのがプロ投資家に対するルールですので、米国でのプロ投資家というのは個人資産をしっかり積み上げた人やその資産を受け継ぐ家族、であって、金融機関だから、とか巨大な年金基金だから(ちゃんと人を手当てしているだろう、だから特例業者に任せても監視できるよね?)という肩書きについて回るものではない、という発想にあるのだというのが見えてきます。そして、その結果、日本のプロ投資家だから必ずしも米国のルールに合致する訳もなく、例えば、適格機関投資家扱いになる日本の投資事業有限責任組合も、それぞれの投資家の資産属性を引き継いで米国におけるプロ投資家か見られますので、資産要件がひとりでも満たさないと適格ではないとみなされるリスクがある、という訳です。
まとめ
ということで、ところ変わればなんとやら、というのはこのプロ投資家の定義でも当てはまるわけで、となると、ファンドを作って海外の投資家を集めたい!なんて考えたときに、米国は面倒なのがわかったから、シンガポールや香港あたりは楽勝では、なんて考えるかもしれません。ちょっと見るとわかりますが、そうでもないようです(苦笑)
そういう時の水先案内人はどうしても法律のことですから弁護士さんにご相談を。(特に法制度が複雑な米国では)現地での届出なども面倒見てもらえるわけですので、仲良くしておいて損はないはずです。というか、その報酬をケチってリスクとって巨額の罰金や二度とその国でビジネスができない、なんてリスクを負う方が問題なのですから。。。